case study02
「女性として、建築家として、母として」遠藤幹子

第2回 南の島の日の沈む海岸で娘が言ったこと
スリランカに住む夫の家に娘と越してきて1か月が経った。
オランダに残してきている仕事が多々ある中、滞在許可や入金関係のややこしい話に少し疲れたので、スリランカでゆっくり、パパと一緒に南の島の栄養を体にしみ込ませようかというもくろみで。

首都コロンボから海岸線沿いに国道を15キロほど下った町、マウント・ラヴィニアという少しイギリス植民時代の香りの残るこの町に、夫が見つけて半年前から借りている家はビーチから徒歩1分。
朝、起床と共に砂まみれの床のホウキがけと洗濯モノ干し。そして毎日のように娘と近所のホテルのプールに泳ぎに行き、家で昼寝。夕方はスコールと蚊と停電の始まり。

そして、何と言っても美しいのが、このビーチの日没。











オランダで半ば力足らずとやり残してきたプロジェクト、まだコミュニケートし切れていないと痛感する未来の仲間たち…
南の生活に体を適応させることに毎日が過ぎ、ここにいながら、どうしてもっとポジティブにオランダに働きかけないんだと自分に苛立ちを感じるときはいつも、私はこの日没を見ながら海の向こうに思いを馳せる。この夕日は、今頃オランダのランチタイムを薄暗く照らしているのかしら?

ある日、そんな風に海に沈む夕焼けと雲、水平線のはっきりした輪郭を眺めていたとき、娘が言った。

「ねえママ。ママはオランダに行きたいの? オランダのでっかいビルで働きたいの?」
「うん、そうよ。本当はね。」
「いいよ、じゃあ好きにしなよ。一緒にオランダのうちに帰ろうよ。アムは幼稚園でお仕事するから。そして、夕方になったらママ とたくさんたくさん遊ぼうねー。」

私は驚いた。娘が私の心を当たり前のように読み取ったこと。
そして、3歳の娘がそんなことを言ったことに。

娘の早すぎる自立への驚き?
娘が母の生き方を応援してくれたことへの感動?

そんな陳腐な感情は何一つ出てこなかった。
涙を流すことさえ、下らないことのように思えた。

そのとき私達は、両方の目で捕らえられきれないほど大きなスケールのパノラマの中にいた。
波と、海と、雲と、赤い光と、遠くの太陽と、音と、うねりと。

それらの壮大な生命の渦の中で、どこに住むか、仕事と子育てをどう両立するか、母として女としてどう生きるべきか..
そんな自分が今悩んでいる出来事が、とてもちっぽけなものに感じた。

なるようになり、そして私も娘もそれを受け入れてゆくのだと、ただそれだけのことなのだと感じた。 (2002/05/15)

















スリランカについてはこちらもご参照下さい。
http://www.lonelyplanet.com/destinations/indian_subcontinent/sri_lanka/






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