case study13
「母子保健から見る世界」石井澄江

第4回 豊かさって、なんですか?


mother dictionaryより質問
石井様、こんにちは。ジョイセフさんの活動に触れる中で、私の中でしこりの様に残っている言葉があります。それは「途上国」という言葉です。私たちが住む日本は「先進国」と呼ばれています。低迷していると言われても、世界有数の経済大国であり、豊かな物質に囲まれ暮らしています。ある物差し(経済?)を軸にした時、確かにジョイセフさんが活動を行っている国々は途上であり、私たちはその先を行く先進の国なのかもしれません。ただ、ふと思う時があります。私たちは本当に豊かで幸せなんだろうか?と。お金を出せばなんでも買えますが、ものが作られる風景を見る機会は減っています。集う場がなく、電話でアポ取りをしてから遊ぶこどもたち。こどもを産み育てやすい環境でないことは、出生数の低下が物語っていますね。得たものがある一方、失ったものも多いように思っています。途上国と呼ばれる国々が今の先進国のようになることが幸せになる道とも思えません。
石井さんが対談で「『途上国イコールかわいそう』とだけは考えてほしくないんです。彼らのほうが豊かなことってたくさんあるんですよね。」とおっしゃっていた言葉がとても残っています。石井さんが、さまざまな国の人々と接する中で感じる、本当の意味での豊かさ(豊かさの条件?)とはどんなことでしょうか?(新堀)



新堀さん、私にとって豊かさの条件で大切だと思っていることのひとつは「思いやり」です。親が子供を、子供が親を、兄弟・姉妹、友人などお互いに思いやる心です。また、必ずしも対人だけに限らず、環境の観点から考えれば「地球」や「自然」を思いやることにもなります。日々メディアで取り上げられている途上国の状況と自分の状況を比べながら、日本に生まれてよかった、日本は豊かで良かったと感じている方たちもいると思います。でも本当にそうでしょうか?

途上国との20年以上の付き合いの中で、私がいつも心を打たれることがあります。それは自分の夢を語るときの子供たちの眼の輝きです。医者、教師、運転手などになりたいとはにかみながらもキラキラした眼で自分の夢を語る子供たちを見ていると、つい、いま日本の子供たちの何人がこの子供たちと同じような眼の輝きを持っているか考えてしまいます。子供が将来に夢をもって生きられない社会は本当に豊かなのでしょうか?途上国の子供たちの多くの夢は収入の安定した仕事を持ちたいということなのですが、その理由の多くは親、兄弟・姉妹のためです。貧困という壁を突き破ってより良い暮らしを求めたい、そのためには自分が安定した収入を得て、家族を支えたい。自分は一番年上だから妹や弟の学資を稼げるようになりたい。このせりふどこかで聞いたような気がしませんか?そう、かつての日本がそうであったようです。

人間は「物」が豊かになると「心」が貧しくなるのでしょうか?「物」の豊かさの代償に日本人は何を失ってしまったのでしょうか?私の暮らしたベトナムの農村において親の希望は、栄養のあるものをおなか一杯食べられること、病気にならないこと、そして子供たちにはできる限りの教育を受けさせることです。日本でも子供の健康を願い、できる限りの教育を受けさせ、幸せな未来を築いて欲しいと願っている親は多いはずです。それなのに、ギクシャクした親子関係をいたるところで耳にします。どうしてなのでしょうか?

ベトナムの生活をみると、農村の暮らしには捨てるものはありません。米を作る過程で水田の雑草を取り、その雑草は田畑を耕す牛や水牛の餌になり、牛や水牛の糞は肥料としてまた田に戻されます。無駄のない自然な循環ができています。学校が2部制の子供たちは空いている時間で親を手伝います。女の子は主に家事の手伝い、男の子は家畜の世話、農作業は家族全員で。暮らしの中で自然に植物や動物の生から死までのサイクルにかかわっています。

勿論途上国のほうがすべて「豊か」であるといっているわけではありません。途上国にもないものはたくさんあります、というよりないないづくしです。その中でも大きなものの一つは選択肢です。恋愛をして、結婚する自由。子供を何時、何人産むか決める自由。結婚しないことや子供を産まない選択をする自由。自分の進路は自分で選択し、決める。そんなこと当たり前だと思われる方が多いのではないでしょうか?多くの途上国にとってこのような選択肢は夢のまた夢。途上国の女性や母親の健康を守る仕事をしている我々はこの選択肢を一つでも増やそうと努力しているといっても過言ではありません。途上国の多くの女性たちは自分の結婚相手も、自分が産む子供の数も、自分で決めることができません。

日本人はいま、その自由を得るまでの努力や、自由な選択肢を守る必要性などを意識しなくなっているのではないでしょうか?失って初めてわかるものかもしれません。そのときは手遅れですが。この原稿を書いているいま、少子化社会対策基本法案*が議員立法で衆議院を通過する予定と報道されています。私たちが個人の権利として持っている妊娠・出産にかかわる選択肢を狭めようという意図がはっきり出ている法案です。残念ながら、この法案に対する日本の女性たちの反応は大きくありませんでした。豊かさの一つの象徴である選択肢も、個々人が意識して守る努力をしないと失ってしまうのです。自分の生き方を考えながら社会の動きにアンテナを張って、考え・行動することが「豊かさ」を守ることにつながると思います。(2003/06/15)


<*参照>
http://www.mainichi.co.jp/women/news/200306/12-06.html(毎日新聞掲載記事)
http://www.asahi.com/politics/update/0612/012.html(朝日新聞掲載記事)
http://www.jca.apc.org/~fsaito/shoushika-taisaku.html
(「女性政策ウォッチ」HP。法案の問題点の解説、廃案を求める署名の呼掛などがあります。)

<ジョイセフURL>
http://www.joicfp.or.jp/








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