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case study13 「母子保健から見る世界」石井澄江 第5回 私の当たり前、彼女の当たり前 mother dictionaryより質問 石井様、こんにちは。昨今、政治家の方々発言が物議をかもしていますね。前回石井さんが「恋愛をして、結婚する自由。子供を何時、何人産むか決める自由。結婚しないことや子供を産まない選択をする自由。(中略)そんなこと当たり前だと思われる方が多いのではないでしょうか?」と書かれましたが、森元首相の発言*からは、当たり前と思っていることも守り育てる努力が必要ということを思い知らされた気がします。でも、“当たり前”ってこわいですね。当たり前と思うことでそれを享受できることへの感謝、それが当たり前でない他者への想像力など失うものもたくさんあるかもしれません。きっとジョイセフの活動は自分達の当たり前を当たり前としない活動なのだと思います。今回はその“当たり前”の国や地域によっての違いをお聞かせ頂けないでしょうか?女性の権利、お産の環境の違い、もとより国の政情、宗教の違い…挙げたらきりがないかもしれませんが、今一度、私達の“当たり前” (くどくてすみません)を見直すためにも、同じ地球に生きる人の生活に思いをはせるきっかけとしても、私達が今知るべきことをいくつかでも教えて頂けると幸いです。(新堀) *子供を産まない女性に税金や年金を使うのはいかがなものかというような趣旨の発言 新堀さん、我々のように国際協力の現場でいる人間にとってはおっしゃるとおり日本の常識は世界の常識ではない、まずはお互いに違うということを認識した上でいかに協力できるかを模索することが常です。 私の仕事は女性と子供の健康を守ることですので、そこに限って日本の常識と途上国との違いについて少しあげてみます。ただお断りしておきますが、違いを指摘することと価値観とは別のものです。文化/宗教/社会などそれぞれの違いがあることを認識し、活動を通して、受け入れられないことをお互いが理解し、納得しながら直してゆくことが我々のやり方です。したがってここに書かれている価値観はあくまでも私個人のものであることをお断りしておきます。 イスラム教(それも保守的な)の世界では妻を正式に4人もつことができます。離婚は夫の方から3回続けて「離婚する」と言えば成立します。ここでは夫と妻との1対1の関係は成立しません。また、妻・女の側からの離婚申し立てはありません。月経を迎える年齢を過ぎると女性は見知らぬ男性に顔をみせることはしません。外出の時はいつも頭から足の先までをベールですっぽりと覆い隠します。見えるのは眼だけ。夫のいる女性は夫の同伴なしで外出することもありません。買い物も夫が行います。そのため生鮮食料品を売っている日常の市場においても女性の姿を見かけることはありません。男だけの市場、想像がつきますか?このような世界においては勿論女性が水着姿になったり、公園をジョギングしたりすることはありません。1995年に中国の北京市で第4回世界女性会議が開催されたとき、保守的なイスラム圏に住む若い女性の手紙が紹介されました。彼女の切実な願いは「一度でいいから海に行き、自分の肌に燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びてみたい」というものでした。 カソリックの世界において、子どもは神の授かりもの。「この世に望まれない子どもは存在しない」という立場をとるバチカンによれば、レイプの被害者など存在しないのです。望まない妊娠などあるわけもなく、避妊をすることじたいが罪なのです。女性が自由に自分の産みたい子どもの数を決め、実行できる環境ではまったくありません。そんなカソリックの影響が強い中南米地域の女性たちが選んだ一つの対抗処置は出産の時に帝王切開をすることでした。開腹手術のついでに卵管結紮の避妊手術もうければ、誰にも知られずにすみます。必要でもない帝王切開をして、避妊しなければならない女性たちを想像できますか? 南アジアの多くの地方では女性が結婚するのに持参金がないと結婚できません。夫の収入や家族の資産によって持参金の額が決定されます。14歳で結婚したバングラデシュのモニという女性は夫とその家族から持参金がないと責めたてられ、暴力を受け、最終的には家を追い出されました。モニのような境遇の女性は数え切れないほどいます。満足な教育も受けられず、手に技術もない、貧困で頼れる家族もない。こんな女性たちが行き着くところは、ほとんど都市のスラムの売春宿です。男性は何度でも再婚できますが、女性は一度結婚すると、ほとんど再婚できません。南アジア地域では最近まで夫がなくなったあと妻が夫の後を追って死ぬことが美徳とされていました。自分の意志とはかかわりなく多くの女性たちが夫の後を追わされました。この風習については法律で禁止されましたが、法律だけで人々の意識が変わるものではありません。 超音波診断で女の子とわかったら中絶をする、息子には教育を与えるが、娘は家の手伝いに必要だしお金もないので学校には行かせない。息子が病気になれば医者にかけるが、娘は後まわし。こんな状況は世界のいたるところで見られます。日本もかつてはそうでしたよね。現在、多くの日本人は女性に対するそんな差別が日本にもあったことを知識としてすら持っていないのではないでしょうか?でも、過去の歴史を記憶にとどめ、現在の女性たちが十分ではないにしてもかなり享受できるようになった自由と自己決定権を守ってゆくのに必要な行動をとっていないと、いつのまにか後戻りをしてしまうことがあるのです。途上国の問題は実は日本の問題でもあるのです。我々が途上国を対象にしながら、日本国内に対しても啓発活動を続けているのはそのためなのです。(2003/08/08) <ジョイセフURL> http://www.joicfp.or.jp/
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