<さっち>
jambo!
早いもので今年も残すところ、あと1ヵ月とちょっと。
この旅行記も約束の1年が経ち、次回でいよいよ最終回。
来月は、ホームステイ後に過ごしたサファリの話しがオマケに付くらしく、
アポロの家で過ごしたホームステイ編は今回が最終章となる。
名コンビ、義兄弟(!?)となったアポロjr.とも、いよいよお別れの時。
子どもだったらこの辺りで「帰りたくないよ〜」と多少無理なダダをこねてみたり、
感受性の強い子女は涙が溢れたりする場面なのかもしれない。
現にシスターズの中からは、前夜からお名残り惜しやムードを感じたりもした。
だが、さっちも男子2名も、通常モードを変えないままの振るまいに努めた。
少年2人は、互いに一度も「その日」の泣きを口にしなかったそうだ。
どうも彼らの中には、子どもながらにして既に「一期一会」の心得があるような、、。
会った時から、別れの日が来るのはわかっている。
だから、その日が刻々と近づいてきても、非常に淡々と現実を受け入れていく。
本当は心の底ではお互いに、静かに別れを惜しみつつも最後まで笑って楽しく過ごす。
アポロjr.は、いつも自分はこの地に残り、人を「見送る」立場なんだよね。
彼は小さいながらも、今までに遊び相手になってくれ、仲良くなった何人もの人を、
気持ちよく「見送る」経験をしてきたホストファミリーの一員なのである。
そしてあたし達は、過去に何人もの人達に可愛がられ、愛されながらも、
時間が来ると「見送られる」旅人なのである。
あたし達母子の「売り」は〔笑〕、気分が割りと「フラット目」ということらしく。
母さっちは、日常的な喜怒哀楽は新聞を読んだだけでもチョコチョコ来る人なのだが、
中波以上の感情波には襲われないタイプで、息子はどこまでもさざ波しか来ない海。
だから表の世界で2人の感情がキレルということはまずなく、
親子揃って苦手な人=キレル人。声を荒げる人とかもスゴク嫌ーい。
泣くという感情は非常に健康的なことで魂の解放には良い作業だと思うが、
長く嘆いても現実を変えることはできないんだから、
早く消化して前を見た方がいいよね、と思っているスーパー前向きちゃんズのようだ。
トラベラ−としてのさっちは、その昔は空港のトイレでホロリ。
飛行機のトイレの中でポロポロ。
今でも内緒で去って行く車の中で一筋ポロ〜リなんてことはママあったりもするが、
とにかく見送ってくれる人の前で涙は見せないように頑張ってしまう人である。
それってどうしてか? それは、やっぱり相手に悲しい顔をしてほしくないから。
外国に旅に出ると、どうしても最後に誰かを泣かして帰国となることが多い。
文化やルールや言葉を越えてできた友情の別れとはそういうもんなのである。
恋人や身内でもない、その場で知り合って仲良くして頂いた誰かに
本気で涙を浮かべられたり、ポロポロ泣かれたりして
「あなたがいなくなると寂しくなっちゃう」とか「今度はいつ会える?」とか
「いつ戻って来る?」「明日からつまらなくなっちゃう」。
そんな心をわしづかみにされるような台詞を吐かれたら、皆さんだったらどうするの?
次がいつになるのかなんて、普通は約束できないんだもの。旅人は辛いよ。
大人になって、クラス全員や多くのスタッフや近所のオジチャンでもオバチャンでも、
自分のことで相手が泣いてくれた経験を持って生きていっているということは、
とてつもない財産であり、実に素晴らしく、光栄なことである
と思えるようになったのだけれど、やっぱりその場では泣かれると胸が痛んでしまう。
だから、去る側は泣かないという可愛くない方法を編み出してしまったのね、あたし。
州さんは子どもだからなのか、性格上なのか? 悲愴感なく自然体で、いつもニコニコ。
満足なんだって。ちょっと寂しくなるかな、とも思うらしいんだけれど満足らしい。
「最後に覚えている顔は、泣いた顔より絶対に笑ってる顔の方がいいでしょ」
なんだよ9才の息子、いいこと言うじゃんよ。と思ってしまった。
ホームステイしたのはあたしも州も初めての経験ではない。
今までにも外国に独りぼっちなんてことも、お互いそれぞれにやってきた。
だけど、ガスも水道も電気もない分、夜空がキレイで人が純朴だった分、
この年にケニアで過ごしたホームステイの旅はいつまでも色褪せないでいる。
きっと、それはずーっと。ずーっと。
(2004/11/15)

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