case study16
「アフリカ ケニア ホームステイの旅」

州統.tom+さっち


<さっち>

Jambo!
日本の夏は湿気があって、ベターッとモア〜ッと蒸し暑いですねぇ。
昔は今より、もう少しだけ過ごしやすかった気がしませんか?
あたしが小学生の時分は、すだれのかかった部屋で風鈴がチリンと鳴って、
扇風機やうちわだけで充分お昼寝ができた記憶があります。
まだ町には砂利道が残っていたし、実家のエアコンも応接間に一台きり。
あの頃はCFに小柳ルミ子が出てきて、八重歯の笑顔で「日本の夏、キンチョ−の夏」
なんてやっていた、まだ風流な時代でございました。
今やルミ子の歯にも八重歯はなくなり?
  キンチョ−は、ジュビロのユニフォームで見る程度になってしまい、
東京にはコンクリートが増え、エアコンの普及率も上がり、
決定打は地球温暖化! 粋な夏→過酷な夏へと年々移行するばかりです。
大人になって熱帯夜がくるたび、昼間どこまでも長い道を歩くたび、
アスファルトを剥がしたくなる衝動にかられるのは、あたしだけでしょうか?
アスファルトの道、真ん中部分や端部分だけでも土が残っていたら、
もう少し暑さがしのげるのでは? あ、でも見た目が美しくないのかしら?
などと毎年、毎夏、毎度、独り想像するさっちであります。
ケニア滞在中はカラカラの気候に個人的には悩まされましたが(州さんは全く悩まず)、
あまりにも東京が暑いと、フトあの乾いた空気が懐かしくなる今日この頃です。
暑い=スワヒリ語でJoto(ジョト)です。

シュカの下はTシャツ&短パン!

さて今回は第6回に続き、ニュースタイルのマサイビレッジのお話ですね。
ふうーん。以前に行ったオールドスタイルのマサイビレッジと比べ、
小学生なりに色々と違いに気付いた点があるようですね。
そう。ボスの息子は、あたし達の前ではあまりスワヒリ語を話しませんでした。
もちろん村の中での会話はスワヒリなのですが、
なんでもナイロビの大学で勉強をしていたんだそうです。
サスガ、ボスの息子! きっと、さぞかしお坊ちゃまlifeだったことでしょう!?
マサイの衣装シュカをカッコよく着こなしている、と見せながら
実は、シュカの下はTシャツ&短パン!だったのをさっちは見逃しませんでした。
サンダルだって真新しいから。
サンダルのメーカーも、さっちと州の履いているものと同じだったし。
マサイを愛し、伝統を守り、スタイルは貫いているものの、
心や興味、シュカの下のイデタチは都会の青年そのものでありました。
ナイロビの街でシュカなしでばったりお会いしたら、きっと誰かわからないかも。

「どうして戦争で負けて、原爆まで落とした相手国アメリカの学校に行ったんだ?」

州さんの文章の中に出てくる、英語が上手いから日本人じゃないみたいだというクダリは、
「英語」の発音が実のところ完璧な「米語」なので、ボスの息子から
「どうして戦争で負けて、原爆まで落とした相手国アメリカの学校に行ったんだ?」
と言われまして、、。
あたしの世代は戦後に育った親を持つ人が多く(うちは9つも離れた姉がいるので、
親はレアで驚異のワガママ世代・昭和ヒトケタ生まれですが)。
さっちより年下の人が外国人にこんなことを急に言われたら、
(この外人ピントずれてるよ)などと思うのかもしれないけれど。
実際海外に出ると、普通の人からわりと似たようなことを言われる機会ってあるものなんですよ。
アメリカではまずないことですが、アフリカや中東には聞いてくる方が結構いらっしゃったりします。
今回の旅では、このボスの息子以外に、ホームステイ先のお兄さんからも
「どうしてアメリカで教育を?」と聞かれましたしね。
彼はその時、自分達の祖先が奴隷船に乗せられて連れて行かれたこととか、
自分の国の歴史とか、日本の原爆の話しなどをされていました。
だから、どうして戦後メキメキ力をつけた日本が、敗戦国の国民が、
わざわざアメリカで教育を?と素直に不思議に思ったのでしょうね。
しかし、ケニアの学校では原爆投下は必ず試験範囲にでも入るものか?
それくらい皆さん、日本=アメリカに原子力爆弾を落とされた国だって、
認識していらっしゃるのには驚きました。
いや、でもそうだよね。
だって世界で最初の「被爆国」なんだものね。
地球儀のどこに日本があるかも指せない人ばかりなのに、原爆投下のことだけは知っているの。
とはいえ、それが何年前になんて言う町に落とされたのか、という一歩踏み込んだ知識になると、
欠落している人ばかりなのですが、、。
そこまではケニアでは試験範囲にでないのか?
というのは冗談として、とにかく地球の裏側に住んでいる人が、
今の日本の若い世代でさえ忘れかけている重要な歴史を覚えていてくれて、
今も頭の片隅に残っていて語ってくれることに、ありがたさを感じました。
そうなんです。
日本は昔、アメリカと戦争をしていたんですよ。
どうして? どんな風に?
頭では知っているつもりでも、戦後50年も過ぎ、あまり感じずに生活を送っている
人の方が大部分なんだろうなぁ。人はそれを「平和ぼけ」と呼ぶのかもしれません。

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マサイのダンス。後ろがトゲトゲの柵。あの中にニュースタイルマサイビレッジがあります。



さっちのハンディカムに興味がいちばんあったお兄さん。もうすぐ20歳になるんだって。後ろの白い車は僕たちの車です。



小さな子の面倒をよく見るお姉ちゃん。



これ、見せてー!とカメラを指す女の子。



ボスの息子の家では、犬を飼っていました。へえー。



天井はこんな感じ。ススがすごい?



ボスの息子の家にお招き頂きました。ほんとだ。さっちが言ったみたいにシュカの下はTシャツ&短パンだ!サンダルはぼくとさっちと同じtevaサン(ダル)のだ!写真で撮るより実際は暗かったから、こんなに部屋の中が見えなかった。シュカの下にもぼくは気付かなかった。恐るべき観察力の親だ。



マサイのママ達と子守りの女の子。抱っこされている子供の口の周りにはミルクかなんかがついていて?ハエだらけなのに、この子は全然気にしていない。すげー。



ハエは子どもと女の人が好き?お兄さんたちにはハエが全然ついていなかったし、お肌もツヤツヤだったよ。何でだ?





「エノラ・ゲイ」知ってる?

昨今よく、母国語の基礎もできていないのに、
英語教育に熱を上げる親御さんを見かけたりしますが、
言葉ができたってダメなのよ。
極論、ビジネスだけでいいなら、
発音なんて多少下手でもパンチがあれば成功したりできるのよ。
でも、上流階級に食い込みたいという野望があるなら、
発音が悪いと門前払いされちゃいますけどね。
そんな人は、もともとそういう環境にいるはずですし、、。
一般人に限って言えば、あたしはバイリンガルより
バイカルチャーをわかる人の方が
世界に向かって泳いでいける力があると思うんだよなー。
日本にいる外国人を見るとそうでしょう?
発音完璧の人なんてなかなか御会いしないけれど、
充分、彼らとコミュニケーションできるし、
大事なことが発音以外だってことに気づくでしょうが?
やっぱり大事なのはハートですよね。
そう信じたいわ。
日本国籍なのに、日本史も四文字熟語もわからなくなるのが、
日本のインターナショナルスクールに通う日本人生の欠点です。
ずーっと日本のインターでしか育っていない日本人の友達が、
本土の大学へ渡った時に、 自分は日本人でもなく、
アメリカ人にもなれないことを知るとよく言います。
外国へ行くと日本の文化、戦争の話しも
聞かれたりする機会があります。
あたしはよく「エノラ・ゲイをどう思うか?」とか
「スミソニアン博物館のエノラゲイ展をどう思うか?」
と先生にも生徒にも聞かれましただよ。
「エノラ・ゲイ」知ってる?
日本人って結構、この名前を知らないんだよねぇ。
学校で習わないのかなぁ。
原爆を投下した機の名前だすよ。
クラスに日本人がいないから、
全部説明があたしの肩にかかっているかと思うと
「ああ、真面目に勉強しよう!」と心から思いました。

言い分はそれぞれあって当然なの。

アメリカの学校に行く時、ある人に
宗教と戦争と好きな野球チームの話しはするな!
と言われたけれど、あたしは仲間うちでは、
宗教の話しも戦争の話もしゃべり、
野球の話しだけは気をつけます(笑)。
みんな背負っている国のルーツが違うから、
暗黙の了解でdeepな域には触れないようにしているんだけれどね。
でも、いろんな意見を冷静に
ちょっと熱くなったりもしながら交換したりできるのは、
若いうちには良い経験なんでございますのよ。
だって、友達間なんだからさ! 
それに、それぞれ国の歴史って実に興味深いのです。
ビジネスのトップに立つ人が、
帝王学、歴史の勉強は必要とおっしゃりますが、
確かに生きる上でのヒントが
いっぱいちりばめられているのが歴史なんですよね。
アメリカの大きな学校に行くと、
おもいっきり多国籍ですから、
それぞれの国の言い分を出し合うと勉強になりますよー。
先程申し上げた広島、長崎の原爆の事柄ひとつでさえ、
アフリカンの気持ちと、 当の日本人の思いと、
相手国のアメリカ人でも白人と移民、
裕福層とい貧困層の解釈じゃあ違うものがあるしね。
EUでも同盟国だったかどうかでかなり見方はばらつくし、
大陸からきた中国や韓国、タイの子なんて、
かなり日本人にはキツイこと言いますからね。
でも、言い分はそれぞれあって当然なの。
神様も感じ方も、人種を越えたところで
性格によっても、勉強量によっても異なるし。
反対にパールハーバーをどう思う?を一緒に話した時に、
ああこれは勉強しておかないと、
あたしとんでもないことになっちゃうわ!と思ったものです。
今回、ケニアと州さんの文のフォローから、
だいぶ離れた内容になってしまったけれど、
今日、州さんは夏の学校で沖縄に旅立ち、
戦争教育をうけてくるらしいし。
あと一ヶ月で原爆投下のあった日、終戦記念日がやってきます。
「戦争はいけないの」それよりもう少し踏み込んだことを、
今年はできるだけ多くの人が考える日であると良いなと思います。
(2004/07/15)







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