case study20 「学ぶことは心に翼をもつこと。」
第2回 国家や政治家は教育を支配してはいけない
 

 「学ぶことは自由を知ること」「人を愛すること、家族を慈しむことの意味を知ること」「誰かに何かを押しつけられることの理不尽さを知ること」「自分の未来を選び取る力をつけること」そして「学ぶことは、心に翼をもつこと」。第1回で紹介したビジュアルメッセージに付したフレーズは、最初に改正反対集会へ行った帰り道に、次々と浮かんできました。この言葉を発信したい!と思ってすぐにグラフィックデザイナーやウェブ制作に詳しい友人(いずれもママ仲間です)を巻き込んで、みんなが興味を持ってくれるようなビジュアルメッセージを作ろうという運びになりました。というのも、ネット検索で見た既存の意見広告はどうも固くて、私たち一般的な母親の感性に合わない気がしたのです。印刷して最終チェックをしていたとき、中2の息子の友達のSAYAちゃんが「私これ、学校で配ろうか?」と言ってくれました。その数日前、教育基本法を読み解く絵本『11の約束』を彼女に見せたときも、「私たちになんの相談もなく勝手に変えないで欲しいよね」と憤慨していました。利発な女の子だなぁとうれしくなったものです。このビジュアルをアレンジして携帯の待ち受け画像にしようというのも、彼女の提案から始まりました。携帯メールが主要なコミュニケーション手段の世代。待ち受け画像は、友達同士で送ったり送られたりできるものなので、意思表示をしたり、あまり関心のない人に関心を持ってもらうには、とてもよい手段だと思いました。一方、フンという態度の息子ですが、彼の大きなスポーツバッグの底にこの絵本が入っているのを見たときは「持ち歩いて読んでくれたんだ……いや、入れただけかもしれないけど、少なくとも読む意志はあったのね」と思わずにんまり。10代の彼らは、こういうことにとても敏感。正義感がひと一倍あって、いつでもきりりと眉をつり上げる準備はできているのです。

 そんなうれしい思いを反芻していて、ふと、義父のことを思い出しました。義父は1945年の終戦当時14歳。ちょうど、息子のCHIHAYA、SAYAと同じ年齢。陸軍幼年学校に入る直前で、一刻も早くお国のために働きたい、一心にそのことを願っていたといいます。入試前に終戦となり、地団駄踏むほど悔しかったと言います。名古屋の陸軍幼年学校の44年度の倍率は100倍だったという情報もあります。ティーンエイジャーは純粋ゆえ、素直に前へ進もうとします。自己犠牲もいとわないのです。

 前回も書きましたが、下の息子のSAKUYAは絵本をぱらぱらと読んで、最初にまず「政治家は、教育を支配しちゃいけないんだね」と言いました。彼の心をとらえた第十条の原文は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し、直接に責任を負って行われるべきものである」。少しわかりづらいけれど、絵本では前半を「政府や官僚や政治家が、教育を支配してはなりません」と表現。後半部を「教育とは、国ではなく、わたしたちすべてにたいする直接の責任をもってなされるもの、教える人と学ぶ人とのかかわりあいのうちにあるものだからです」と結んでいます。この条文は曖昧さを含んでいて、さまざまな読み方ができるということですが、素直に読むと、教育基本法というものが、かつて国家が行なった軍国教育(教育勅語)を反省して作られた法律であることがわかります。そして、さまざまなとらえ方ができることで、論議を呼んで、一方向に進むことを阻止することができる。素人の私などは、曖昧さこそ、この基本的な法律のよいところかもしれないと思ってしまうのです。

 一方、改正案の十六条にも「教育は、不当な支配に服することなく」というフレーズは残りますが、こちらの不当な支配は、国家や政治家を指し示してはいません。改正案は「教育は不当な支配に服することなく、この法律及び他の方法の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」となっています。現行法にはない「この法律および他の法律の定めるところにより」が入ることで、これまで一切規定されることなく、国家の意図や政策から自由であり続けてきた教育内容が、ついに国の法律に従うよう規定されたことになります。そしてその教育内容に意義をとなえる人が「不当な支配」と見なされ、口出しできない状況となります。戦前・戦中に、戦争反対論者が逮捕されたことが思い起こされます。今年の9月に、「日の丸・君が代」を強制することを違憲とする地裁判決が出ましたが、改正後は否応なく強制されていくことでしょう。これまでは国民が主体だったのに、改正文は、国家が主体となっているのです。一見、ちょっとした言い回しの違いに見えて、実は大きな違いがあるのです。

 一度決まってしまったら……。SAKUYAくらいの小学校低学年の子たちが正義感あふれるティーンエイジャーになるまでの数年間に、国にとっての模範的な子どもに教育することは、案外たやすいことなのかも。そう思うと、心は不安でいっぱいになります。

 1940年ごろの家族写真。前列が曾祖父母、後列が祖父母。祖父はシベリア出兵に派兵された証の勲章を胸に。そして、いちばん右が義父。倍率が高くて名誉でもある陸軍幼年学校に入るのが、少年時代の彼の夢でした。
1  2  3
※携帯電話の待ち受け画面にする場合、画像をクリックして出て来た画像をご自分の携帯電話宛にメールで送信してご利用ください。
 携帯電話の待ち受け画像は、自分の立ち位置をきちんと表明したい、この問題をことあるごとに考えたい、そんな思いから生まれました。グラフィックデザイナーの辛嶋陽子さんとイラストレーターの山田かほるさんの協力で3つのバージョンが完成しました。
 
(C) Copyright 2006, CLUBKING Co. All right reserved