case study20 「学ぶことは心に翼をもつこと。」
第5回 いま、ここにある「不当な支配」――七生養護学校のこと
 

2006年12月15日。教育基本法「改正」法案が、十分に審議されないまま、131対99で可決されました。
でもまだ終わったわけではありません。私たちは、これまでの教育基本法がどのようなものであったかを伝え、どうして政府はこうまで性急に、この平和憲法の理念にのっとった法律を強行採決し、変えなければならなかったのかを考えていく必要があると思います。

教育基本法「改正」問題に取り組むきっかけになったのが、ふと出かけた町田の集会だったことは、連載の第一回で書きました。でもよくよく考えてみると、集会に出かけてみようと思ったベースに、もう一つの事件があったのだと、最近、気づきました。
それは、「七生養護学校事件」と呼ばれている事件です。
知的障がい児の通う都立七生養護学校では、現場の教師たちが研究・研修を重ね、生徒たちのために、「こころとからだの学習」という独自の性教育を行なってきました。
性教育は、現代社会において、とても大切な授業だと思います。上の息子は、小1のときに自分が生まれてきたことを考えることからはじめ、植物や生き物の生殖、そして4年生でなぜヒトの赤ちゃんが生まれるのかということについて、ビデオなども見ながら学びました。かけがえのない命が、愛の営みによって誕生する、そのことをまっすぐに心に受け止める授業でした。生きるということをいろいろな角度から見つめる授業でもあると思います。おかげで中2となった現在、恋愛などの話題も、タイミングを逃すことなくストレートに話すことができます。先進国で唯一エイズが増加している日本、これからも心を開いて彼と話し合っていかなくてはならないことが山積みなので、学校でじっくり時間をかけてその基礎を作ってくれていることはとても助かります。

「七生養護学校」の生徒たちは、考える力やコミュニケーションなどの点でハンディを持っているのですが、身体の発達は同年齢の子どもたちとほとんど変わりません。ゆえに、子どもが虐待の対象となったり、集団生活の中で性の問題行動が起きてしまうということがありました。そのために、学校全体で性教育に取り組む試みが始まったのでした。
「不快」なことには「NO」と言えるようにするために、リラックスして「快」を体感する時間を設けました。楽しく知識をつけるために身体の各部を確認する「からだうた」を作りました。訳あってまったく親と会えない子どもも、お母さんのおなかの中の心地よさを体験して、祝福されて生まれてくるイメージを味わえるように、クッションの袋で「子宮体験袋」を作成。知的ハンディのある子どもたちにもきちんと理解できるように、性器のついた家族人形を使い、からだのこと、大人と子どものこと、男性・女性のこと……さまざまな授業で活用してきました。
そのように、全国の教育者から見学の申し入れがあったような、文字通り生きた授業が、教材ごと、あるとき根こそぎ奪われてしまったのです。
理由は? 
「学習指導要領に書かれていないことを教えていて不適切」と、東京都教育委員会。03年7月、都議会で一都議が批判したことがはじまりでした。盲・ろう・養護学校の学習指導要領には性教育について具体的なことはなにも書かれていないそうです。

現場の先生たちは、子どもたちと痛みや喜びを共有しながら工夫を重ねて授業を作ってきたのです。でももう何もできなくなってしまった。監視の目が厳しく、これまで、職員室で活発に行なわれてきた、生徒一人一人を見据えた教育的議論も不可能となってしまったそうです。――都教委は、指導主事を学校に派遣して80人を超える教師から事情聴取。校長先生は降格され、東京都全体で100人以上の教師が処分されました。また、授業計画などの膨大な書類提出を求め、教師たちが教育に向き合う時間を奪いました。

「不当な支配」に抗議すべく、先生たちは立ち上がりました。そして2005年1月には、東京弁護士会が都教委と一部都議らに、警告文を発し提訴しました。その警告文のよりどころとなっているのが、「不当な支配に服することなく」とあった、まさに教育基本法第十条だったわけです。

改定後は、教育委員会の存在は見直されるそうです。当然ですね。

でも、改定法第十六条により、国家や地方公共団体は、教育の場に堂々と介入してくるでしょう。
教師たち、親たちを監視し、屈服させることに手段を選ばない……七生の事件から私はそのことを教えられました。この事件を知った日に、私の中の、日本という国への信頼は吹き飛びました。

このあまりに理不尽な事件を伝えることは、よっぽどのことがない限り控えるつもりでした。もちろん、これは客観的事実ですから、みなさんが知ることはとても大切だと思います。でも、私自身が言葉に記すと、理性を失いそうだし、到底伝えられないであろうと思っていたのです。けれど、大切な教育基本法(大江健三郎さんは、「作品」と呼ぶにあたいする文体をそなえた、と表現していました)があっさり、数の暴力で押し切られてしまった今、書かずにはいられない状況となってしまいました。

教育基本法で教育行政について定めた第十条第一項には「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に直接に責任を負って行われるべきものである」とありました。「国民全体に直接に責任を負って行なわれる」という言葉により、教育は、教える人と学ぶ人の直接の関わりの中できめ細やかに行なわれるものであり、現場と遠く離れた高みに位置する国家やそれに類する機関が介入するべきではないとしています。
今さらながらに、教育の「直接責任」の大切さを伝える、このたった19文字の言葉の重さを痛感します。

記事執筆にあたり以下の書物、記事を参考にさせていただきました。この場ではすべてを伝えることができないので、ぜひ、参考にしてください。
●『七生養護の教育を壊さないで 日野市民からのメッセージ』つなん出版 刊行委員会
●WEB情報『弁護士から見た教育基本法「改正」の問題点』自由法曹団著
http://www.jlaf.jp/top_item/kyouiku_kihon.pdf
WEB情報『「こころとからだの学習裁判」支援』「こころとからだの学習裁判」を支援する全国連絡会
http://kokokara.org/

キャンドルヒューマンチェーン 12月13日に国会前で行なわれたキャンドルヒューマンチェーンに行きました。雨の中、キャンドルを手に驚くほどたくさんの人々が熱気を携えて集まっていました。抗議行動に参加するのは初めて。何も持たず、体ひとつでアクションできることに感動を覚え、不思議な連帯感を味わいました。ひとりで参加したので、法曹団の方たちの中に入れてもらって、特別委員会が行なわれている国会内に向けてコールしました。「反対します」の声を届けたい、その一心で。
ピースデイ

12月16日、改定法が可決された翌日、中学で催された、平和について考えるイベント「ピースデイ」にて。『11の約束 えほん教育基本法』(ほるぷ出版)を読んでもらって、感想を聞かせてもらいました。
AISA「差別のない国にすることがきちんと書かれているんですね。第三条は大切にしたいと思いました」。
YUUKA「すごくいいことが書いてあると思った。えー、この法律が昨日変えられちゃったの? ひどい! 障害を持つ子どもたちが力を発揮する場が少なくなる、そんな世界は絶対にイヤです」

 
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