七生養護学校が政治の不当な介入を受けたときの校長先生、金崎満さんにお話を伺いました。七生養護学校事件の概要は、連載第5回をご参照ください。
『検証 七生養護学校事件』(群育社)という著書の中で、冷静に事件を分析している金崎さん。厳格な校長先生を思い描いてお会いしてみると、相手を包み込むようなやわらかな雰囲気と軽やかさを持つ人。こんな先生にだったら習ってみたいな、そう思わせる金崎さん。1998年、彼が七生の校長先生に就任してまずしたことは、学校全体の教育目標を先生たちといっしょに作ることでした。
「教育目標は形骸化しがちでした。でも、僕は、それがとても大切なものだと思ったんです」。
2年という歳月をかけ、卒業生の実態調査や保護者へのアンケートなどを実施しながら実態と課題を洗い出し、そして立てた教育目標です。
〈前文〉
七生養護学校は、日本国憲法と教育基本法の精神に基づき、かけがえのない生命をもつすべての児童・生徒の人間としての尊厳を守ります。信頼感や共感に基づく自己肯定感を育み、社会の一員として自分らしく生きる力を育てることを目標として、次のような教育目標を設定します。
〈目標〉
「なかまとともに からだをつくる こころをひらく たのしくまなぶ」
憲法と教育基本法を踏まえ、シンプルな中に、深い意味合いを含んだ教育目標。「なかまとともに」という言葉には、「信頼できる人間関係のなかで、集団への参加や共同生活・役割を果たす経験などをとおして、自分をとりまく様々な人々や社会とつながる力を培っていくこと」という共通理解が教師たちの間でなされていました。
今振り返ると、こんな素晴らしい教育目標を独自に打ち立てた七生養護学校は、もしかしたら、公教育を意のままにしようとしていた都政にとって、やっかいな存在だったのかもしれません。現に当時、都教委は、教育委員会の教育目標から「憲法・教育基本法・子どもの権利条約」という文言を削り、政府は、着々と教育基本法の改定を進めていたのですから。
子どもたちと関わる中から作られてきたのが、七生独自の性教育でした。思春期を迎える子どもたちが性についてきちんと学ばないと、性的虐待の被害者や加害者になる可能性がありました。実際に、中学生の女子と高校生の男子の間に起きたひとつの事件が、性教育に真っ向から取り組むきっかけにもなったそうです。これをやってはいけないと禁止するのではなく、自分が生まれてきたことの意味を知り、命を育んでいくことの大切さを伝える七生の「こころとからだの学習」は、学校外からも注目されました。ところがある日突然、東京都議会議員が、新聞記者と共にやってきて教材をすべて没収。記者は、教材の、性器のついた人形をわざわざ裸にして写真に収め、負のイメージの見出しをつけて記事にしました。それは、その記事の読者が、「こんなあからさまな教育が学校で行われていたのか!」とびっくりしても仕方ないような記事でした。現場の教師たちは、まるで犯人のように尋問を繰り返し受けました。金崎さんは当時を振り返ります。「まずはびっくりしました。なぜこんな事をするのか……」と。「次に身がふるえるような怒りの気持ちが強く起こりました。そして、悔しさと共にこのまま放置するわけにはいかない、なんとしても反撃するぞという闘志が湧き起こりました」。
七生養護学校の保護者、教職員27名と共に、石原都知事、都教委、三名の都議、産経新聞を相手に裁判を起こしました。それがいわゆる「ここから裁判」です。そして金崎さんは、「不適切な学級編成の届け出」や「不適切な勤務時間の調整」「不適切な研修の承認」という名目で処分されます。難癖をつけるようなこの処分には、当時あった教育基本法10条“教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである”に抵触しないよう、教育内容そのものへの追求を巧みに避けたカラクリが見えます。金崎さんは、これらの処分に断固抗議。「金崎裁判」の原告としても、闘っています。
「日本の教育史上、まれに見る異常な出来事でした。これは単に私個人に対する攻撃にとどまらず、東京の教育全体の方向転換をねらう象徴的な事件だったとおもいます」と金崎さん。七生への介入をきっかけに、都立盲、ろう、養護学校全体が調査の対象となり、「過激な性教育」「不適正な学級編制の届け出」「不適正な勤務時間の調整」などの項目で、195名もの教員が処分されました。以降、養護学校の性教育への取り組みは大きく変わりました。人形や立体模型は一切使えず、図説のみ。知的障害を持つ子どもたちが理解できないことなどおかまいなしの処断。その変化は普通学校へも波及。七生への介入が、公教育全体への粛正のようで、ぞっとします。
「ここから裁判」を担当する弁護士の木村真実氏は、この事件で問題なのは、まさに、現場で行なっていた教育に、政治が「直接的に」介入したことだと言います。
「47年教育基本法第10条にあるように、もし万が一、七生の性教育の方向が違うという意見があれば、それは現場の教師と話しあい修正していくことも可能でした。ところが、現場の先生方にそういうチャンスは一切なく、積み重ねたものが翌日から“無”になってしまった。知れば知るほど人権を無視した事件です。そしていちばんの被害者は、社会に出ていくために必要だった教育を受けることができなくなってしまった子どもたちなのです」(木村弁護士)。
「性教育については、世間一般には理解しづらい部分があると思います。そして養護学校という、一見、一般的な問題として広がっていかないところに介入した。都はうまいところに目をつけたなぁと思いますよね。でも、まだ憲法も子どもの権利条約もありますからね、十分、闘っていけると思っていますよ」(金崎氏)。
とはいえ、教育3法案がこのたびスピード採決され、教育の現場が、企業と同じようなタテ社会に再編され、タテ社会の頂点には、国家が君臨する機構が承認されました。「ここから裁判」と「金崎裁判」は、今後の日本の教育体制の分水嶺になる大切な審判なのです。
国際労働機関とユネスコの合同専門家委員会(CEART)が、日本の教員の地位が国際的に見て、保護されているかどうかを確かめるために日本に調査団を送ることを決めました。今、日本の教員の地位は、国際的に疑問視されています。
そして、憲法改定の手続き法案と言われている国民投票法案も成立。今、私たちが、私たちひとりひとりの問題として考えなくてはならないことがたくさんあります。
今、私たちができること。
「ここから裁判」を応援しよう! http://kokokara.org/
「金崎裁判支援の会」へ入会を! 問い合わせ toshokyo@zenkyo.org
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