case study22 西表島日記
第3回「自然から生まれ、自然へと還る暮らし」
 

しばらくご無沙汰をしてしまいましたが・・・2月に次女を出産しました!二人目で超安産。幸せに浸る事数ヶ月・・・。その後長女の卒園、入学、と行事に追われ、生んだばかりの次女を保育園に預ける算段をつけ、3人家族の時よりずいぶん増えてしまった家事に追われ、上映が決まっていた映画館の突然の廃館にあっけにとられ、本業の設計業務に追われ、長女夏休みのお弁当地獄に見舞われ・・・、はっ!と気づいたらすでに9月。連載にずいぶん穴をあけてしまった!こ、これでは連載とは言えないではないか!!と猛烈に反省・・・。せめて今後は2ヶ月に一度の更新、としたいと思います!
初回に、映画製作までの全貌を一気に紹介したので、これからはちょっとずつ。

「自然から生まれ、自然へと還る暮らし」 

「ものづくり」ということを考えた。
うちくい展のお知らせの番外編にも書いたけれど、八重山で、ものづくりに関して考えさせられた事がこの映画をつくる発端になっている。

私は建築設計を生業にしていて、主なお客さんは個人の方々。個人住宅や、別荘の設計をさせてもらっている。布、とスケールはずいぶん違うけれど、同じモノづくり。うちは父親が物書きで、母親が絵描き。モノづくりを小さい時から眺めて育ったので、モノづくり観察歴は長い。建築を仕事として初めてはや18年程経とうとする訳だけれど、ずーっとしんどく感じて来た事がある。
「ゴミ」が沢山でるのだ。物書きが放り投げる原稿用紙や、絵描きが描きためるキャンバスの数、画材のクズの比ではない。建設廃材と呼ばれるものだけれど、材木や建材の端材、建材を包んで来た梱包材、配管の余剰分、金属や石膏ボードの切れ端、などなど、毎日大量のゴミがでる。モチロン、建築現場だけでなく、日々キッチンに立ち、料理をしていても同じ。Mother な皆さんなら、一度は感じた事があるはずだ。一食作るだけなのに、豆腐のパック、ほうれん草やごぼうなど野菜が入っていたビニール袋、肉が入っていたプラスチックの包装材。へ??と思うくらい沢山ゴミがでる。おかしいなあ、嫌だなあ、と思いつつ、なす術もなく毎日大量のゴミをだしていた。(買い物袋は自前だけど、それだけじゃあ解消されないのだ・・・)
そしてこれらのゴミは、大気にCO2をまき散らしながら消却されるか、果てしなく続く無人のゴミの大地を形成し続けている・・・。

昭子さん 金星さん
西表島に行き、昭子さんや金星さんの話しを聞き、暮らしぶり、モノづくりの姿勢について話をお聞きしたとき、彼らの仕事の中には無駄になるようなゴミはほとんど存在していない事に気付き、改めてはっとさせられた。(モチロン、彼らの暮らしからもゴミは出る。飽くまでも必要最小限なそんなゴミも、やはり島では問題の種・・・)

紅露(クール)と呼ばれる染料は、昭子さん達の工房の名前になっているように、西表島ではとてもポピュラーな染織材料の一つ。山に入り、木の根っこであるこの染料を採取してくるのは金星さんの仕事。鉈(ナタ)を腰にぶら下げて、山へ分け入っていく。「採りすぎてはいけない。少しだけ、必要な分だけを、山の神様、木の神様に『いただきます、ありがとうございます』と言いながら採ってくる。採りすぎると次の年、そのまた次の年に採れなくなる。だからよくばらない」。金星さんはこう話していた。採って来た紅露は丁寧におろし金で刷りおろされ、余すとこなく染料として煮だして使われる。

福木という木はインドネシアや沖縄地方で古くから防風林としてよく見られる常緑樹だが、この樹皮を煮だすと、華はあるけど、落ち着いた風合いの黄色の染料となる。
西表にも自生していて防風林としても沢山見られる木だが、樹皮を使うのだから、バリバリ沢山剥いてしまっては、あっという間に丸坊主になってしまうので、やはり必要な分だけを「いただきます」と「ありがとう」とお祈りしてから、すこしずつ採ってくるのだと言う。それで足りるだけの糸を染め、織る。

私と茂木が一緒に二度目に島に渡った時は大型台風が接近していた時で、その二日後、嵐の後の島を車で走っていると、あちこちで小さな軽トラックの荷台に倒木を載せて走り回る姿を見かけたのだけど、あれは実は、台風で倒れた福木を、染織関係者達が我先にと集めて走る姿だったと言う。倒れてしまった福木をあつめて、染料のストックにするのだという。「あ〜、あっちの倒木はもうもっていかれたか・・・」などと話しているのを小耳にはさんだりもした。

昭子さんの庭には、藍も植えられている。芭蕉の畑もある。苧麻の畑もある。桑畑もあり、そこには野蚕で蚕が放たれている。糸も採れるし染料も採れる。必要な量を必要なだけその場で採取し、使う。芭蕉は育てて繊維を採り、真ん中の繊維質ではない部分は煮て食べる。

「最近の美大の学生さんは、『糸はどこで買い、染料はどこで買うのがよいか?』と聞いてくる。そうではなくて、なぜ自分たちで作る、ということを考えないのか?とても残念に思う」と昭子さんは言っていた。もちろん、それができる環境がどこにでもある訳でない事は昭子さんも知っている。だから、素材づくりから染織を行うことに力を入れている他の地方の人たちとのネットワークも大事にしている。素材が作られる過程を知らずして、新たな染織の可能性を模索するのは難しかろう。

西表島日記

私が初めて島に渡った時、数時間の滞在だったけれど、昭子さんのものづくりへの姿勢と、そのために必要な島の環境について、いっぺんに理解し、共感する事ができたのは、難しい生産システムや流通システムなどなく、「ここ」で、全てのものがまかなわれていたからだと思う。

気の遠くなるような糸績みの作業。植物を染料として使えるようにするのだって大変な労力がいる。ちょっと、インターネット通販で、なんてことはここでは存在しない。勿論、島でもインターネットに接続はできるし、世界各国の人々とメールのやり取りだってされている。でも、つくるものの材料は、ほとんど島で採れたものばかり。

だから、尊い。
島の環境が崩れれば、染織に必要な材料はだんだん採れなくなり、生水域で行われる「布ざらし」という色を定着させる作業もできなくなる。ずうっと昔から、島人が受け継いできた伝統的な手法。だから、自分の身の回りの環境を大事にしようと思う事につながる。自然や地球を身近に感じ、その大切さに実感が持てる。
「ここ」で採れたものを、「ここ」で加工し、「ここ」で消費する。これが本当は一番いい。食べ物だってそう。
それが一番美味しい。

「やっぱりいい仕事するには、竹富であろうがお米だろうが、自然に対する感謝の気持ちを忘れてはいけない。染織も、お米もみんな一緒。同じことよ。自然の恵みをいただく。染料もいただく。だからフクギの皮を取るときは、必ずお願いしていただく。すべていただく。同じ気持ちよ。それを忘れたら、いい仕事は絶対にできない。必ずダメなってく。昔からの言い伝え。」(金星爺談)

いい仕事をしたいな、と思う。

西表島日記

映画の制作に入る前に、石垣夫妻には数々の尊いメッセージをいただいた。映画を通じて、彼らの自然体の生活、言葉が、沢山の人に届くといいなあ、と心から思う。

余談:映画を作る過程でいろいろ感じることあり、次女の名前は「ここ」と名付けました。笑って毎日過ごして欲しいと願った長女は「にこ」。毎日呼び間違えています(汗)。

 
(C) Copyright 2008, CLUBKING Co. All right reserved